2013年5月4日土曜日

本の紹介『秘伝! 相撲部屋ちゃんこレシピ』


幼い頃から「お相撲さんは毎日ちゃんこ鍋を食べているんだよ」と聞かされてきましたが、育った田舎町には相撲部屋どころかちゃんこ鍋店すらなく、実物を見ることが全くありませんでした。
寄せ鍋の作り方すらよくわからない少年が断片的な噂話を聞くにつれて、ちゃんこ鍋への妄想が広がる一方。ちゃんこ鍋という食べ物は、家庭で食べる水炊きや寄せ鍋とは別もの、きっと毎日食べても飽きないくらい美味しいものに違いない。それぞれの相撲部屋には脈々と受け継がれた秘伝の鍋レシピがあって…と、なまじ目にしたことがないだけに、良い歳してしょうもない妄想がとめどもなく暴走していたもので、この本を見たときは飛びつきました。

しかし…


まず、注意しておかないといけないのは、この本の題名通りのレシピ集と期待して買うと肩すかしを食らいます。
何しろ調味料の分量はほとんどが「適量」ですし、1つ目のレシピで「お相撲さんの分量は参考になりません」と自ら但し書きをしているくらいです。「レシピ集じゃないじゃないか!」とツッコミたくなりますので気をおおらかに持ちましょう。

そして、紹介されている鍋は、ぶっちゃけると大部分がごく普通の鍋です。いかわたを使った煮食いと呼ばれる食べ方、イタリアンに仕立てたトマト鍋と変わり種はあるものの、オーソドックスな塩味、味噌味、醤油味ばかりです。

「ちゃんこ鍋は毎日食べても飽きないくらい絶品、何か秘伝があるに違いない」という妄想は跡形もなく崩れてしまいました。

まあしかし…おそらく、これがちゃんこ鍋の現実なのかもしれません。何しろ「関取を引退して初めて味わって食べるようになった」とある親方は言いますから、変に趣向を凝らしても意味はないのでしょう。
では、毎日食べられる秘伝は果たして何か。


作り方をじっくり読み解いていると、豪快な作り方とは裏腹に料理のポイントとなる部分は外しておらず、意外にも繊細なところは繊細です。アクはていねいにすくい取る、葉物は最後に、だしは海のものと山のものとを合わせて。
「胃に収まればそれで良し」というわけでもなさそうです。

そして、入門したての頃は「稽古はいいから食べろ」と言われ続けたほど華奢だったという、のちの横綱白鵬関、なじみのお店から肉の切れ端や腐りかけの魚を安く譲り受けて食費を節約した古き良き時代、ちゃんこ鍋の素晴らしさをこうこうと語る貴乃花親方。ちゃんこ鍋にまつわる様々なエピソードがこの本につづられています。もしかしたら一冊だけでは収めきれなかったのかもとすら思えます。

この本のタイトルにかかる「秘伝」のゆえんは、積年の歴史や想いの上にある「何か」に違いありません。きっと。ごくふつうの家庭がちゃんこ鍋を作ったところで、それはただの鍋で終わってしまう。つまり、「秘伝」を知りたければ、ちゃんこ鍋屋か相撲部屋に行くしかない、と本書を読み終えてわかり、幼い頃からの妄想は再び広がるのでした。

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