2014年10月21日火曜日

夢は美しいままで

料理にしろ自然療法にしろ何でもそうだと思いますが、もし、どうしても志したい道があるのなら、趣味の範囲にとどまらず、とりあえず仕事にしてみると技術は格段に身に付くはずです。

まず、取り組む時間が圧倒的に違います。例えば料理の場合、普通の家庭だと1日3食、逆に言えばそれだけの機会しか台所に立つことができませんが、飲食店で働くと1日に何十、何百食もの料理を提供しなければなりません。そうなると1日中、料理に取り組むことになります。
長い時間のうちに人は育てられるもので、物の善し悪しを見極める目や勘所などを養うためには経験が欠かせません。

また、仕事にすることで自分の成果に対して責任が伴います。趣味では自分や家族、知人の範囲中で終わらせればそれで十分です。しかし仕事になると不特定多数を相手にしなければならず、それも作りっぱなしではなく、満足感を与えて初めて報酬となるのです。
忌憚無き評価を受けるプレッシャーは相当なものですが、物事に真摯に向き合い、半端な作りにできないシビアな世界は、自己研鑽には欠かせません。

プロとアマとの間には埋められない何かがあると私はよく思います。それが何かと聞かれたら返答に困るのですが…安定していて安全な品質、ノイズのような違和感のなさといったところでしょうか?漠然としていてつかみ所のないものですが、その何かが圧倒的な時間と責任などから養われるのは間違いないでしょう。


しかし、あえて趣味は趣味で止めておくのも一つの考え方です。
私の知人がそうなのですが、パン作りが好きで相当の知識や経験を持っています。様々な食材を利用して自分で酵母を作るくらいに熱心なのですが、仕事にするのはためらっている様子です。知人が言うには、
「パン作りが嫌いになりそうだから」
なのだそう。

実際に本業にしている人の話を聞いたことはないのですが、パン職人のイメージというと、だいたいこんなものでしょうか…一日は朝早くから始まり、夜遅くまでひたすら立ち仕事、体力仕事。そのうえで繊細な発酵生地を扱うのですから集中力も必要。それでいてパン1個は安い。良くも悪くも。
パン職人は身も心も酷使する薄給激務というのが一般的なイメージではないでしょうか。加えて人間関係などの煩わしい側面もあるでしょう。まあ実際に中に入ってみないと見えないこともあるとは思うのですが…

知人がパン作りを、趣味を越えて仕事にするのに二の足を踏むのも、そんなパン職人の現実を重々承知しているからなのでしょう。教室で職人の生の声を聞いていれば、良い面だけでない現実も透けて見えているはずです。趣味の延長で仕事になるほど現実は甘くはありません。
果たして厳しい現実を乗り越えることができるのか。もし乗り切れなければ、そのとき、趣味は趣味でなくなるのか。


夢は、いつまでもぼんやりと美しく見ていたほうが幸せなこともあるのではないか、と私は知人の先の言葉を聞いて思うようになりました。
ありふれた自己啓発書や、自身の偉人伝を並べ立てたエッセイにあるように、人をその気にさせるような言葉を乱発して、むやみに他人を夢に向かって進めさせようとするのは避けたい。本当は私も応援したい気持ちがあるのですが、夢を掴めるのはほんの一握りという現実も承知している以上、下手なことを口に出したくはないのです。

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